2007年3月25日日曜日

お気軽編集は偏見を助長するおそれがある

ウィキペディア(Wikipedia)の項目「知的障害」は、秀逸な記事に選ばれています。
その「知的障害」の記事には、2004年5月23日版以来、見出し項目「知的障害者関連の犯罪」がもうけられています。
2004年5月23日版は、ここです。

まず、「障害者関連の犯罪」が「公的支援」の中で説明されていることに、違和感を感じます。
上記初出の記事は、公的支援の低下により、知的障害者が犯罪の被害者や加害者となるリスクが高まっている、という趣旨なのでしょうか。
いずれにせよ、公的支援として、障害者手帳についての1行の説明しかないのに、「障害者関連の犯罪」に大きなスペースが割かれるのは、
バランス感覚の欠如した編集といえるでしょう。

2004年6月12日の版では、「社会における現象」の中で「知的障害者関連の犯罪」は、説明されるようになります。
2004年12月29日の版では、重大な加筆が行われています。
すなわち、「元議員山本譲司は、不正受給問題で懲役刑を受けた時の体験から獄窓記という書籍を出版し、刑務所内の知的障害者の比率が一般社会と比べて異常に高いと指摘している。」との記述が登場します。
この記述については、2006年4月15日の版でようやく、
「しかしながらこれは知的障害者が犯罪へと追い込まれる社会的条件によるものであり、本来知的障害と犯罪は無関係なものである。 」
との注記が加えられました。

今回は、上述の記事について、考えてみることにします。
一つ目の問題は、山本譲司の言説を根拠に、受刑者に知的障害者の比率が高いとしている点です。
個人の主観的言説を根拠に社会的事情を説明することは、非常に危険です。
ウィキペディアの編集方針に照らしてみても、山本譲司の言説は「受刑者に知的障害者の比率が高い」根拠にはなりません。
つまり、根拠のないことをもとに、「受刑者に知的障害者の比率が高い」という判断を下していることになります。
後述するように、このケースではたまたま「受刑者に知的障害者の比率が高い」という事実は裏付けられますが、
結果さえあっていればよいと言うものではないのです。
ウィキペディアが、偏見や差別を助長する体質を持っていることを指摘しておかねばなりません。

さて、それでは「受刑者に知的障害者の比率が高い」というのは、事実なのでしょうか。
この問題に対する答えは、二つの政府文書の中に見いだせます。
「心神喪失者・心身耗弱者と認められた者の罪名・精神障害名別人員」についての統計が『犯罪白書』に掲げられています。
この資料では、障害の種類の中に「知的障害」が挙げられています。
また、『矯正統計年報』には、新入所者に対して行われた知能検査の結果が示されています。
特に、後者の資料ではIQ69以下の比率は1/5以上となっています。
「知的障害」は、健常者に対して実刑を科せられる比率が相当に高いと言えるでしょう。

上記の資料からみると、「受刑者に知的障害者の比率が高い」というのは、事実であると考えてよいでしょう。
そこで、問題となるのが、この事実をいかに伝えるかということです。
現在のウィキペディアには、
「しかしながらこれは知的障害者が犯罪へと追い込まれる社会的条件によるものであり、本来知的障害と犯罪は無関係なものである 」
との注記が付されています。
この注記は、必ずしも説得力のあるものではありません。
「本来知的障害と犯罪は無関係」と表明していますが、その根拠は明かでありません。
「受刑者に知的障害者の比率が高い」という「事実」と、
「本来知的障害と犯罪は無関係」との説得力に欠ける表明が併記されているのが現状です。
これでは、「受刑者に知的障害者の比率が高い」という「事実」が強調されて読者に伝わるおそれがあります。

この問題は、福祉やとりわけ司法のあり方と深く関わっています。
全ての犯罪が検挙されるわけではありません。
検挙された全ての事案が起訴されるわけではありません。
有罪となった全てに実刑を科せられるわけではありません。
実刑を科せられる者の中に知的障害者の比率が高くても、必ずしも知的障害者による犯罪比率が高いことを意味しません。
知的障害者の「犯罪」についてその内実を詳しく検討しなければ、
知的障害者と犯罪の関係は正確に言えないのです。
「受刑者に知的障害者の比率が高い」という「事実」は、重大な事実ですから、
この問題を取り上げるのは意味があります。
しかし、それは「知的障害者」の項目の中に収まるほど、簡単な問題ではないのです。
お気軽評論家気分で書かれた記事は、社会に害毒を流します。
もし、この問題を取り上げるのであれば、別項目を立てて本気で取り組むべきでしょう。

付言私から見ると、「知的障害」は問題点をはらんだ記事ですが、現在、「編集保護」されています。つまり、加筆修正できない状態に置かれているのです。いかなる事情があったにせよ、現在の記事が「保護」されることによる社会的利益はないように思われます。「編集保護」は、ウィキペディアの利益を守るために、社会的利益を犠牲にしているといわねばなりません。

本稿執筆時の「知的障害」の版

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